楽しく生きる技術

楽しく生きるために必要なことは、生まれ持った資質なんかじゃなくて、楽しくするための技術だけ。人生をより良く生きる自分のための技術は、誰でも身につけることができる。元教師目線で、伝えます。

【エッセイ的な】スタバのファーストフード化を感じて、寂しい。

スタバとの出会い

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わたしはスタバに初めて出会ったのは高校生の時です。

母と姉3人で行きました。

初めて頼んだのは

キャラメルフラペチーノ。

今でもキャラメルフラペチーノを見ると、

高校生の時に3人で行ったスタバがフラッシュバックします。

 

高校生の私にとって、スタバは「特別な場所」でした。

少し敷居が高くて、1人で行くなんてできなかった。

高校3年生の受験シーズンくらいから、段々行き慣れてきたんです。

それでも毎日は行けないから、

たまに行った時にはくすぐったい感じがして、

勉強しながらも嬉しい気分になっていました。

 

 

変化してきたスタバ

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今は、ほぼ毎朝スタバにいます。

本日のコーヒーを頼んで、2時間くらいパソコンカタカタするのが日課です。

そして、鎌倉はやはり観光地なので、

特に6月の紫陽花の時期から8月の終わりくらいまでは、

中高生が遠くからお出かけに来たりします。

るるぶ、とか見てます。

それでこの間、向かいに座っていた女子大生3人組がいました。

その中の1人は飲み物と食べ物をオーダーしていたけれど、

あとの2人はペットボトルの飲み物を置き、

ラップにくるんだおにぎりを食べていました。

明らかにマナー違反ですよね。

 

でも、わたしの知っているスタバは、そんなことができる雰囲気ではないんです。

ちょっと嫌な言い方だけど、

そういうことが許されてしまう雰囲気のお店と

そうではないお店ってあると思うんです。

マクドナルドとかファーストフードのお店は、許されている感があります。

もちろん、本当はダメなんだけれど、

まぁいいだろう、と思ってしまう雰囲気。

 

 

ハードルが下がって来たんだなぁと思います。

ほとんどの駅には必ずある、身近なお店。

身近だからこそ、日常を持ち込む。

「スタバ=大人のお店」という感覚はもうなくて、

中学生や高校生が気軽に友達と行ってわいわいするお店になったのだな、と感じます。

それくらいスタバという存在が身近になった。

 

 

高校生のわたしがキャラメルフラペチーノを飲んだスタバと、

30歳になったわたしが毎朝コーヒーを飲むスタバ。

 

同じお店なのに、それはもうまったくの別物になってしまった。

 

 

そのことに、勝手に少しの寂しさを感じてしまったりします。

いつまでも憧れであってほしかったな、みたいな。

 

時間の流れを感じるし、

スタバの存在感のすごさを感じます。

 

もはや、わたしの毎日はスタバ抜きにしては成り立たなくなってしまった。

いつか、これがスタバではない別のお店になることもあるのかな。

10年後とか。

 

 

今もとなりから汗拭きシートの香りがしてきて、

あぁ違うんだけどなぁ・・・とか思っています。