楽しく生きる技術

楽しく生きるために必要なことは、生まれ持った資質なんかじゃなくて、楽しくするための技術だけ。人生をより良く生きる自分のための技術は、誰でも身につけることができる。元教師目線で、伝えます。

話下手な人こそ、ブログを書くことで表現できる

世の中には扇動者タイプの人がたくさんいる。

 

自分自身がどんどん前へ前へと出て行き、

声を上げ、

周りを巻き込み

事を成していく。

 

扇動者だし教祖様だしパフォーマーだ。 

 

 

そのタイプの人は話がとても上手。

人と話す事が好き、という人も多くて

輪をどんどん広げていく。

「この人は何か面白いことをしてくれそうだ」

という、ワクワク感を提供してくれる。

 

 

私は話をするのがとても苦手だ。

 

小学生の時などは、声が小さすぎてかけ算の九九の暗唱が先生まで届かず

目の前まで先生がやってきて耳をすませて聞いてくれたのをよく覚えているし、

中学の時、友達が生徒会に立候補したためその応援演説をした時は

緊張しすぎてどもりすぎて、何を言ったのかさっぱり記憶にない。

 

とにかく人前に出ることが苦手だった。

 

けれど、高校でバトン部に入り、

大学でダンスサークルに入ったことで

「人前に出る」ということに耐性がつき、

何を思ったのか

毎日人前で話す事が仕事である教師という職業を選んだ。

6年間の教師生活だったけれど、

6年間、毎日子供達や、時には大人相手に喋っていれば

人前で話す事にもだいぶ耐性がつくというもので。

 

それでも、

幼い頃の特性はいまだに自分の中にあり、

決められたことを話したり、

決められた振り付けを踊ることはできても、

自由に自分のことを表現することが

やっぱり得意ではない。

 

でも、表現したい

人前に出ない仕事なんていくらでもあるし、

決められたことだけやっていてお金をもらうことだってできる。

 

けれど、それで満足できないのが

わがままなところで。

 

もっとわたしの考えを伝えたい。

わたしの思いを聞いて欲しい。

そんな気持ちがむくむくと沸いてくるのだ。

 

かといって、いきなり駅前で路上パフォーマンスができるほど

パッションパッションな人間では決してない。

 

そんな時に、ふと気付く。

ブログがある、と。

 

全世界の人がいつでも見られる場所で自分の思いや考えを表明しているのに、

目の前にあるのはパソコンの画面だけ。

朝でも昼でも真夜中でも。

どこにいても、どんな格好をしていても問題ない。

 

「わたしは今こんなことが好き。」

「こんな面白いことがあった。」

「こんな良い映画を観た。」

「わたしの考えはこうだ。」

 

自分の考えを好きに発信できる。

 

 

話す事が苦手なら、書けば良い

 

道は、扇動者タイプ一択じゃない。

調整役もいれば、実働役もいる。

たぶん人にはそれぞれ持って生まれたタイプがあって、

他のタイプになろうとするのは

ちょっと難しそうだ。

 

わたしは、扇動者を見ていいなぁと思うけれど

自分が扇動者タイプではないことは明らかで。

 

人前で話す事は苦手だけど

その代わり、書く事はできる。

何度も三日坊主でやめてきた日記も、

その三日坊主を何回も何十回も繰り返して来たので、

時間としては結構なものだ。

なにかとノートに書く事が好きだったり、

手帳にメモすることが好きなわたしは、

きっと書くことの方が向いているのだと思う。

 

 

色々な手段があるのだ。

わたしはわたしの表現を諦めたくないから、

ブログを書こうと思う。