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楽しく生きる技術

楽しく生きるために必要なことは、生まれ持った資質なんかじゃなくて、楽しくするための技術だけ。人生をより良く生きる自分のための技術は、誰でも身につけることができる。元教師目線で、伝えます。

【しごと】文章が書ける人と書けない人の差はたった1つ。

毎日発信していこうとすると、

「なにを発信していいかわからない」

という時がやってくる。

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何本も記事を書いている人とか

すごいなぁと尊敬する。

文章が書ける人と書けない人の違いは何かというと、

物事を切り取る力だ。

 

 

同じ場所に立っていても違うものを見ている

 

ある脚本家とお祭りに行った時。

仕事の帰りに立ち寄った地方のお祭りで、

御神輿が出ていて出店も並んでいて、

普段はそんなに栄えているとは言い難いその場所が、とても賑やかな夜だった。

 

御神輿。

出店。

地元民。

電車。

 

 

その人はその中に

自分の生まれた場所に対する郷愁や、

祭りの前後に発生しているであろう淡い恋の物語を見つけていた。

 

隣で同じ風景を同じように見ていたわたしは、

ギャルとギャル男が地元で幅をきかせている、

ということしか見つけられなかったのに。

 

同じ場所に立っているのに、こうも物の見方が違うものかと

驚愕した覚えがある。

 

 

レンズの違い

 

おそらくケイクスの加藤さんだったのだと思うのだけど

なにかのインタビューの際に書ける人と書けない人の違いを

カメラに例えていて深く納得した。

 

一眼レフのレンズならば

同じ景色からよりたくさんの情報を拾う事ができるし、

その情報を、焦点を当ててくっきりと写し出したり

生き生きと写し出したりと、

自由自在なのだ。

特別な事がない日常であったとしても、

それを特別にしてしまえるのだ。

 

重要なのは、

そのレンズはいくらでも進化していけるということ。

今がピンボケレンズだったとしても

レンズを替えることは可能なのだ。

 

そして替えるためには、

毎日発信することしかない。

無理矢理でもなんでも、作り出し続けていくこと。

 

 

一番始めに書いたことと矛盾しているように思うけど、してない。

自分しか見ない日記ではなくて、

知らないその他大勢に伝えることだ。

 

知らない人に伝えようとすると、

自分の主観だけでは上手く伝わらない。

客観的な事実や具体的なエピソードなど

色々なものを織り交ぜて伝えようとする。

そして、伝えようとする意識があると、

物事の見方は変わってくる。

そしてそれをどう切り取るか、ものすごく考える。

切り取り方は、どうしたってその人の生き方がまざまざと表れる。

けれど普段は意識なんてしないから。

意識して切り取り続けることで、

自分なりの切り取り方ができていくのだと思う。

 

 

筋トレみたいなものなのだ、きっと。

鍛えたい部分を意識して、毎日継続してトレーニングをしていく。

さぼり続ければ、すぐに筋肉は落ちてしまう。

 

日々、鍛えるのみだ。