楽しく生きる技術

楽しく生きるために必要なことは、生まれ持った資質なんかじゃなくて、楽しくするための技術だけ。人生をより良く生きる自分のための技術は、誰でも身につけることができる。元教師目線で、伝えます。

【しごと】教師を辞めてもったいなかったなと思った事5つ!

さっき、良かった事5つ書いたので、

今度は「あーやっぱりもったいなかったかもー!」

と思ったこと5つ。

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子供達と過ごせない

 

これ、本当に悲しいんです。

わたし子供達の一生懸命な姿が大好きです。

一緒に教室で笑った事、今でも思い出せます。

というか、それしか思い出せない。

毎日楽しくて仕方なかった。

わたしは優秀な教師と自分で言える自信はまずないけれど、

子供達と毎日を楽しんでいたことに関しては相当な自信があります。

毎日毎日楽しかった!

ひたむきな姿に感動して涙することも多くて、

泣くたびに

「黒い涙!」と言われていました。

毎朝教室に行って、今日は何が起こるのかなと思ってた。

教室なんて予想外の事しか起こらないから。

すごく怒った時もあった。

ティーボール大会(簡単な野球)で全敗して、

お葬式のような給食を食べた日もあった。

男の子が転校する時には、子供達と一緒に号泣した。

まだ桜なんて咲いていない3月にお花見をしよう、と言い出し、

1本しかない校庭の梅の木のそばにシートをひいてお花見をした。

ちなみにお花見では「梅の花の絵を描く」という催しがあり、

30人が真剣にシートの上で梅の花を描いていた。(1年生)

なんてシュール。

語り始めればきりがないほど、

子供達と過ごす時間が大好きでした。

これがなくなってしまったことが、辞めてから一番もったいないと感じたこと。

寂しくなってきた。

 

 

がんばらなくてもお金がもらえる

 

公務員て家賃収入なので。

頑張っても頑張らなくてもお給料は同じです。

残業手当もつかないかわりに、

どれだけ仕事をしなくっても減る事はないです。

犯罪とか悪いことさえしなければ。

実際に知人の学校では、割り振られた仕事に対して

「それはやりたくないです。」

と言って仕事を断る27歳がいるそうです。

やりたくないっていう選択肢があるんだよ・・・。

もちろん全員じゃないです。

すっごくすっごく頑張っている人も多くいるんです。

でも、やっぱりこういう怠慢な人も出てくるんです。

良くも悪くも、家賃収入だからね。

ふと、疲れた時とか元気がなくなった時なんかに

あぁ教師はお金もらえたな、とか思ったりします。

 

夏休みと冬休みが長い

 

一般企業と比べて、圧倒的に長くとれる。

研修とか水泳教室とか、夏休みは夏休みで業務はたくさんあるけれど、

休みと割り切って長期休暇をとることが十分可能。

わたしは毎年最低2週間はとっていました。

そして海外旅行に行っていました。

年末年始も、クリスマスあたりから下手したら成人の日くらいまで

冬休みなこともあるからね。

とにかく、長期で休みをとりやすい仕事です。

 

 

給食が食べられない

 

今の給食って、本当に美味しい。

自校方式と行って、それぞれの学校で作ることが多いんです。

ちゃんと給食の時間に合わせて作ってくれるから、あったかい。

メニューも凝っています。

ビビンバとかラーメンとか出るし、

旬の食材を味わえます。

給食に使われる食材って、無添加なんです。

だからちくわとかの練り物はちゃんと堅いんです。

カレーもシチューもルーを使わないんです。

食材の安全性にこれでもか、というくらいこだわっている。

毎日もりもり食べていました。

 

 

自然と運動できていた

 

教師はとにかく動いています。

授業中は立って話しているし、

休み時間には子供達と外で遊んだりします。

(遊ぶ人遊ばない人がいますが)

子供達が帰るまではとにかくせかせかと動き回っているんです。

だから、運動らしい運動をしなくても

わりと健康的に体を動かしているんじゃないかなぁ。

わたしは、毎日朝ご飯を食べていたにも関わらず、

2時間目の終わる10時過ぎにはお腹が空いていました。

給食をたくさん食べたのに、4時にはまたお腹が空いていました。

それくらい、体を動かす仕事だなと思います。

 

 

 

以上、辞めてからやっぱりもったいなかったかな〜と思ったこと。

きっと、辞めた今だからこそキラキラしたことばかり思い出すんだろうな。

教師をしていた頃は、それなりにストレスはあった(はず)。

 

それはなんでもそうですね。

過ぎてしまえば全ては良い思い出。

それらの思い出を糧に、生きていくのだ。